「ひょっとしたら…」の時に知っておきたい、乳がんの初期症状・予防方法
乳がん検診ではマンモグラフィ検診が一般的ですが、時には映し出せない箇所もあるので、その他の検査方法も知っておく必要があります。
このページでは細胞を採取して検査を行う方法をご紹介していきますので、マンモグラフィ検査との違いもみていきましょう。
いずれの検査方法も採取できる細胞がごくわずかなため、「識別困難」や「悪性の疑い」と判別されることもあります。確定診断にはさらに正確な診断を組み合わせて行う必要があるのです。
Q.痛みは?麻酔はする?
A.穿刺吸引細胞診で用いられる針は注射針と同等の細い針を使用します。大きな痛みを生じないため、麻酔処置はせず検査を行います。
Q.生理中でもいいの?
A.生理中は胸が張ったり、痛くなったりする人が見受けられますが、これは乳房の組織である乳腺が女性ホルモンの影響を受けることで生じるもの。
細胞診検査を受ける前に、医師の問診・触診を行う場合、乳房の張りが触診に影響が生じることもあるので、乳がん検査は生理が終わった後に受けるほうが望ましいです。
匿名(女性)
自分でしこりに気づいてからエコー検査でかなり疑わしいと言われ、細胞診では擬陽性、組織診で20年12月中旬に乳がんと確定しました。
これから乳房温存療法と放射線療法、ホルモン療法と続く予定です。
術後の病理検査を待たないと先のことはまだ分かりませんが友人に経験者が何人かいたおかげで、比較的落着いていると思います。
匿名(女性)
H20.4.17主人が右乳房のしこりに気づきマンモグラフィ-のある個人病院で検査しました。
しこりが触診でわかった為、その日に細胞診を進められ、何日か後に「悪性の疑いが強い」との結果で病院を紹介してもらい入院そして手術。
頭の整理もつくかつかないかのうちに進んでいきました。
幸いリンパ節への転移は無く乳房温存療法で終わりました。
先日、病理の結果が出て、ホルモン療法の有効ながんであるという事でした。
ホルモン療法+放射線療法だけなら再発の可能性と、その治療+抗がん剤の可能性についての主治医からの説明に、一瞬、その差の為に辛い抗がん剤をしなければいけないのか悩みました。
家族や友人や会社の上司に「まだ若いし子供(12歳の長女1歳の次女)も居るんだから、今出来るだけの治療をしてたとえ1%であろうが再発は防ぐべきだ!」と言われ自分自身も「そうだ!絶対 乗り越えてやる!!」と思ったので頑張る決意をしました、6月25日から抗がん剤治療が始まります、頑張ります!今、乳がんと戦ってる皆さん、前向きに頑張りましょう!
匿名(女性)
マンモグラフィやエコー検査、触診の段階で、「90%悪性腫瘍です」との告知を受けましたが、そのときは「まさか、そんなはずはない」と軽く考えていました。
毎年検査をしていたのに、急に悪性になるなんてあるわけないと。
しかし、その場でエコー下で細胞診をして検査したところ、結果は悪性。
すぐに手術を勧められました。
。
M.N.さん(女性)
自分ではしこりが手に触れることもなく、「がんは痛まない。
痛みがあれば乳腺症だ」と思い込んでいましたから本当に驚きました。
先生に指摘されてみると、確かに全体に硬い感じがします。
そこで改めて細胞診とMRIの検査を受けたところ、初めて全容が明らかになりました。
乳管に沿って広がるがんとのことでした。
乳がんと宣告されたとき、他人事みたいな感じで実感がわきませんでした。
しかし帰りのバスの中では泣きたい気分になりましたが、母も一緒だったので我慢していました。
今でこそ、乳がんは治る病気と言われますが、その時は真っ先に「死ぬかも知れない」などと不安な気持ちでいっぱいでした。
ちょうど40歳のときのことです。
マンモグラフィー(乳腺・乳房専用のX線撮影)やMRI検査、超音波診断を受けなおした結果、「乳房温存手術ではなく、全摘が望ましい」と言われました。
その数日後から術前の抗がん剤投与が始まります。
がんが縮小する場合もあるし、術後に必要となる抗がん剤の効き具合を見る上でも大事とのことでした。
主治医の福間先生は信頼できそうな方でしたので、すべてお任せすることにしました。
ボーマン 三枝さん(女性)
右胸のしこりが気になりだしたのは、30歳になる少し前。
不安に思い病院へ行きましたが、エコー、触診をして「大丈夫でしょう、様子を見て半年後にまた検査しましょう」と言われ、ほっとしました。
そしてまた半年後に念のための検査という事を何度か繰り返し、31歳になりました。
31歳になった私は、結婚を機に県外へ引っ越し。
生活が落ち着いた頃を見計らい、これまでとは違う病院に行きました。
またきっと大丈夫だろう、と思いながら。
しかしその病院では、エコーの後に細胞診をすすめられ、これまでとは全く違う雰囲気を感じました。
そしてその数日後、31歳、結婚3カ月目にして乳がんと診断されました。
山北 珠里さん(女性)
40歳になると、会社の健康診断でマンモグラフィーが受けられるようになり、タダなら受けようかな、と受けてみた結果、要精密検査と診断されました。
病院で細胞診を受けたところ、クラス5と言われ、「がんです」と告げられました。
その場ではそれ以上の詳しい説明もなく、「次は家族を連れてきてください」と言われ診察室を出ましたが、看護師さんに「この結果を持って大きな病院へ行ったほうがいいです」と言われ、結果を受け取り、自宅へ帰りました。
自宅へ着いても頭が真っ白になり何も考えられず、検査結果を机の奥にしまいこんでしまい、気がつけば3年が経過していました。
検査結果を机にしまいこんでから3年後、最初は2.5センチだった腫瘍が8センチまで大きくなっていました。
そのせいで皮膚から出血をするようになり、知り合いの先生に相談したところ、患者の意向に沿う治療をしてくれるところを探し、初診の予約を入れてくれることになり、初めて大きな病院へ行きました。
CTや骨シンチなどの詳しい検査をした結果、ステージⅢであることがわかりました。
御舩美絵さん(女性)
その後、結婚が決まり、結婚前にもう一度検査をすることにしました。
そのときに受けた超音波検査で、ずっと気になっていたしこりの位置に超音波の機械が来たとき、素人の私でも明らかにおかしいと感じる真っ黒い塊が写っていて、嫌な予感がして血の気がスーッと引いていきました。
そして明らかに焦り始めた医師の姿に、「これは大変なことになるかもしれない…」と思ったのです。
そのときに受けた細胞診の結果、乳がんと診断されました。
最初の検査から1年4カ月が経っていました。
「がんは5㎝ほどの大きさです」と言われ、胸の全摘手術を勧められ愕然としました。
「乳がんになっても、現在は温存手術で胸を失わなくてすむ」、仕事がらそう聞いていた私は、自分も温存手術ができるものだと思っていたのです。
「温存手術はできないのですか?」と聞いてみましたが、医師は「がんが大きすぎるので難しいです」と。
濱島明美さん(女性)
最初に近くの病院の外科で検査を受けたときに、エコーの検査技師さんから「濱島さん、普通、“良性のしこり”っていうのは丸く写りますが、トゲトゲしているので明らかに悪性です。
」という事を聞かされました。
その時、自分はまだ20代だし、きっと何かの間違いだと思っていました。
でも結局、細胞診とエコーの検査結果から「乳がん」と宣告されました。
それでも、自分が乳がんだという事を受け入れられなかったので、紹介状を書いて貰い“がん研”に移動しました。
匿名(女性)
最初の検査は触診とエコーでした。
触診で「おそらく乳腺の病気だから、そんなに心配することはないでしょう」って言われたので、けっこう楽天的に考えていて。
でも、一応細胞診もしたんですね。
一週間後にその結果を聞きに行ったら、「じつは、がんでした」と。
気楽に構えていたので、私ひとりで聞きに行って……心の準備なんてないですよね。
「えー、がーん!」みたいなかんじ。
とにかくすぐに手術って言われましたから。
でも、ショックでうろたえたのは最初の一週間くらいですね。
あとはもう、両親が心配しないようにうまく説明しなくちゃとか、病気のことは先生に任せるしかないから、自分がすべきことをきちんとこなしていこうとか、わりとすぐに切り替えましたね。
中山み登りさん(女性)
私の乳がんは「44歳になったし」と軽い気持ちで受けた世田谷区の検診で見つかりました。
検診を受けたのは2007年7月。
翌月結果を聞きに病院に行くと、マンモグラフィーの画像で右の乳房に7ミリほどのしこりがあると告げられたのです。
その後、細胞診、組織検査を経て、3週間後、乳がんと告知を受けました。
実は私の母は、子宮頸がんの経験者なので、がんになるなら子宮がんではと漠然と考えていたのですが、まさか乳がんとは……、自覚症状もなかったので本当に驚きました。
告知された時、頭をよぎったのは「もし私に万が一のことがあったら、子供はどうなるの」という不安でした。
当時、一人娘は保育園の年中さんで、私はシングルマザーで子育てをしていたもので、親のスペアがいない立場だからこそ、がんを告知された時の恐怖が何倍にも膨らんだのだと思います。
松澤章子さん(女性)
「乳がんです」と告知を受けたときは、ホント?!と思う一方で「ああやっぱり」という感じもありましたね。
マンモグラフィーと超音波の検査で乳がんの可能性を指摘され、その後、左胸のしこりの細胞を採取して病理検査を受けた結果、悪性腫瘍と認められました。
当時はエル・ジャポンの20周年を翌年に控えて超多忙な日々。
その上に乳がんを宣告されて「すぐにやらなくてはいけないことリスト」で頭がいっぱいになり、衝撃を受けたり、落胆したりしているゆとりなどなかったのです。
家族への知らせ、会社への報告や仕事の調整、病院選び、治療法の選択など短期間のうちに考えなくてはならないことが山ほどありました。
貝塚ゆかさん(女性)
先生は淡々と
「年末年始の間に治療が出来る病院を
探しておいてください。
紹介状を書きますので」
と話を進める。
いや、まだ
細胞診の結果が出てないんだけど・・・
と思って、
見た目で悪性ほぼ確定と
わかった根拠を聞いてみた。
先生いわく
エコーで見ると
この2点が根拠だとか。
良性の場合は表面がツルっとしているらしい。
やっぱり世の中に共通して
「悪性」と言われるものは
このイメージなんだろうか。
若いころには良性の繊維腫ができたりすることもあるけど
わたしの年代(43歳)では
まず新しくできることはないらしい。
で、もし若いころに出来た良性腫瘍だった場合は
その腫瘍に血流がほとんどないのだとか。
わたしのばあい血流がないどころか
ものすごい活発だったそうで・・・
経験則も交えて
総合的に見て・・・
40代でこのような腫瘍で
良性だった例を見たことがありません!
と、
細胞診の結果も待たずに
自信をもって
断言されてしまいました。
針を刺されて
痛い思いして
細胞診の必要あったんだろうか(笑)
ちびりんさん(女性)
手術から一か月が過ぎ、
そろそろ次の治療へと思っています。
飲み薬が5年(10年になるかも?)
注射が2年と説明がありました。
それ以上の詳しい説明はなかったのでゾラデックスについて
調べてみるとどんどん怖くなってしまった
針が太くて痛い…
かなり痛いと書いてある事が多くて恐怖です。
腕の注射は全然平気なんですが
胸やお腹の注射なんて我慢できない~
穿刺吸引細胞診ですら痛かったのに
針生検ぐらい痛いって書いてあった
針生検はしてないけど、穿刺吸引細胞診は終わった後が
痛すぎて動けなかった程なのに、針生検ぐらい痛いって
いったいどんな痛さなの~
monjikeikoさん(女性)
先生は独り言のように『典型的な乳管内乳頭腫なんだけどな、、石灰化は分泌物がたまったために起こる
カルシウムだと思うんだけど・・』と言っていました
念のため分泌物と細胞診。
細胞診は相変わらずの安定の痛さ
しかも乳管が固いということで刺し直し。
『一杯細胞取っておくね』と言われて結構ぐりぐりされて痛かった。
リラックスリラックス、肩の力を抜いて・・・
って意志的に努力したけど、とてもじゃないほどの痛さでした
検査を終えて、先生何気に『もし悪い結果が出たら今度はもっと太い針で刺すことになります』
って・・・・・・たくさん細胞を取ってくれたし先生的に何か怪しいと思ったのかも?
その後何とも思わず帰宅しました
匿名(女性)
細胞診は前にもやったことがあったけど、前回は麻酔無し(違うクリニック)。
今回は麻酔したけど、麻酔の方が痛かった…針生検は麻酔してすぐやったせいか、麻酔していないぐらいの痛さ。
痛みには強い方だけど耐えるのが大変だった。
先生の手は血だらけ
針生検後、先生に「病理検査で追加の検査があったら追加料金がかかります。
(年末に請求書が送られてきた。
4770円。
HER2タンパクの検査をしたらしい。
次回診察時に支払いでOK)」と言われる。
お会計をする頃に痛みが弱まる。
今頃麻酔効いてきたのか?この日は仕事の日だったので、このまま仕事に行くことに。
途中で麻酔が切れたのか、若干痛みを感じたので手持ちのロキソニンを飲んでしのぐ。
本日のお会計 15760円。
MRIやるとやっぱりかかるなぁ。
まみさん(女性)
検査の当日、担当の先生にてまずは再度触診。
この先生、結構年配の男性でしたが、とても丁寧で安心感のある先生でした。
女医さんがいいなぁ、と思ってましたが、男性でもいいやと思いました。
「やっぱりしこりありますね」と確認されてからいよいよ細胞診。
と、言っても注射をちくりと刺すだけ。
あっと言う間に終わりました。
「うまくあたっていれば細胞が採れるので検査できます。
」と再度説明を受け終了。
この時、初めて先生に
「次回結果をお伝えします。
たぶん良性だと思いますけど、万が一ということがあるので念のため。
悪性、つまり乳がんだった場合、この病院では治療ができません。
治療を受けたい病院をご家族とも相談して、念のため決めておいて下さい。
紹介状はどこ宛でも書きますから。
」
と言われました。
『悪性』や『乳がん』という単語よりも
『ご家族とも相談して』というワードで「もしかしたら、大変なことになっているかも」と実感してきた感じでした。
でも、この段階ではあくまでも仮定のお話。
そして、その確率はとても少ないと思われていました。
ちょっとだけ不安になりつつも、やはり診断を聴ける診察予約は1週間後。
1週間で病院決めなきゃ、、、と少し憂鬱になりながら帰宅しました。
ななみどり(乳がん治療日記)さん(女性)
先月6月9日で術後丸1年目を迎え、検査と診察に行って参りました。
胸のレントゲンと採血後、主治医の診察。
レントゲン写真は「特に問題なし」
血液検査は「貧血気味だけど、まあ異常なし」と言われ、
内心ホッとした所で術側を見せたところ――
「おや?なんだろうね、これ」
術痕直ぐ横辺りの小さなしこりに先生が気付いた。
実は私も少し前から風呂の時その小さなしこりに気付き、
でも本当に極小さなもので気のせいかな?と思いつつ観察していたもので、
「それ、私もちょっと気になってたんですけど、血管か何かですかね?」
「うーん、念の為見て見ようか」
と言う訳で、すぐさま診察台の上に横になりエコーで診てもらうと
「血栓かな?ちょっと血を抜いてみようか」
「(えっ)それ痛い?痛いヤツ?」(; ・`д・´)
と聞く間もなく、手早くチク、と針を刺され。
(←たいして痛くはなかった)
「問題ないと思うけど、念の為細胞診出しておこうか」
「そうですね」
――『念の為』
思えばお医者さんの言うこの台詞、一番最初の診察の時から聞いてきた、ある意味トラウマなヤツだ。
最初に診察した時も「多分良性だと思うけど、念の為細胞診しておこう」からの、その結果「悪性の疑い」→「乳がん発覚」だったんだから。
pumiyさん(女性)
痛い痛いと書いた翌日の診察で、まさかの乳癌再発が発覚。
両側全摘再建してて、再発?
ステージ’0(右)1(左)だったのに?
右胸の上あたりの膨らみは、骨ではなく、腫瘍のようで、そこからリンパに転移して脇の下のぽこ、に行っている模様。
すぐに、脇の下のリンパの針生研と胸の上の細胞診。
針生研が痛すぎて、涙出て、そのまま涙あふれてヒクヒク泣いて、しばらく先生、看護師さんが優しく待ってくれて、細胞診。
妊娠中は転移の確認もできるのが血液検査と、肝臓エコーのみ、、、骨、肺、脳のCT、MRIが受けられないから、帝王切開で産んですぐ、抗がん剤とか、もありそうな説明を受けたので、多分大分良くない。
引用元:再発というか、細胞レベルで残った乳腺に新規 | 第2子妊娠中に2度目の乳癌。ステージ0と1で両側全摘後に肝転移からのスタート。誕生した息子はダウンちゃん!人生いろいろ!
ぷぅみぃさん(女性)
難しい顔をしながら先生は、右胸のシコリはかなり大きいねえ…で、実はリンパにも腫れが見て取れるよ…と。
予想通りの言葉だった
でも予想外も起きた。
続いて先生が、左胸にも1cm位のシコリがあるよ…と。
これにはびっくりし過ぎて、頭の中で、転移の言葉がぐるぐる回った○| ̄|_
先生が、まだ良性か悪性か分からないので、今日はその検査をしましょう ってことになった。
細胞診とやらの検査で、局所麻酔をし太い針でシコリから組織を取り出すということらしいが、麻酔は痛いが後は痛みもなく、ただバチっと大きな音がするのにはビビリながら10分程で終わった。
それから、外にいた母も呼ばれ、一連の話を聞いた。
涙をこらえてる母の顔を直視出来なかった
1週間後に結果が出るから、ご家族と一緒に来てください…と言われ診察が終わった。
ちなみに、今日は麻酔をしたので、アルコールは控えて下さい…と最後にガツーンと酒好きの私に狙撃を与えた
ままっちさん(女性)
忙しさと
怖さで
逃げてきたけど
P氏の「なにこれ!行かないとまずいよ!」という言葉で覚悟を決め検査を受けたのが2月。
結果
右乳房:所見なし
左乳房:石灰化
右乳房:充実性腫瘤像 のう胞
左乳房:充実性腫瘤像 多発(約3㌢)
左腋窩(えきか)リンパ節転移
3月に精密検査を受けました。
結果
これから
造影CT検査、採血などを受け、
肺・肝臓・骨に転移されていないか骨シンチグラフィーを受けるそうです。
これの結果でステージがきまり
と、治療方法が変わるそうです。
先生が「必ず完治させましょう!」
と、言って下さったので前向きに治療するつもりではいますが
それまでは
自分の葬儀はどんな葬儀にしようか、とか
その先の事まで考えていました(^_^;)
家族は「手術すれば治るよ!」
「治療すれば治るでしょ?」
と、前向きに考えてくれていますが
やはり女ですから
胸を失う事や薬で髪の毛が抜ける事を想像すると、治療しない選択もありかな…と。
そんな気持ちをいったりきたり…
アミーゴアミーゴさん(女性)
あーリンパ、何個転移してるんだろ
どこまで広がってんだろ、、、、
ドキドキしながら、診察室に入ると
『あれだけリンパボコボコ腫れてたのに、
顕微鏡レベルの検査で癌は1個もなかったんだよー』
え??マジで??
手術中、センチネルやってないんかぃ?
っつーかだから細胞診やって欲しかったんだよ
すげーな、転移ないのに、
リンパ40個斬り、、、ぜってーリンパ浮腫確定
大丈夫かよ、この外科部長
と思いながらも、その時は、リンパ転移
していなかったということに安堵し、
マジでーーーーー これ治るよ!
と大喜びした事を鮮明に思い出します。
リンパの腫れは、アトピー性皮膚炎によるもの。
そんなのネットにも載ってたし。
調べろよ、マジで。
先生。
あー、無意味に術前抗がん剤しなくて良かった
やはり、先に抗がん剤やってしまうと、
本当の癌の状態はわからないので、
私にとっては、術後抗がん剤を選択して
本当に良かった
アミーゴアミーゴさん(女性)
マンモの画像見ながら、触診。
先生、『うーん、シコリは大丈夫そうだねー』
『念のため、エコーもやっておこうか?』
言われるがまま、検査を進めてもらい、先生の手が止まる。
『ん、なんかあるっぽいね?』
『ちょっとねー、多分大丈夫と思うけど、念のため細胞診させてー、安心する為にー』
と。
先生、この時既に怪しい予感してたんでしょうね、、、。
でも私はその言葉を鵜呑みにして、多分大丈夫。
そんな風に思ってました。
一週間後、結果を聞きに行くと、
Class5 と書かれた紙が置かれていました。
『あの12ミリくらいの影、悪性だったようです。
』
エーーー!!
嘘でしょー??30代だし、まだ下の子供も2歳なんだけどー!
目の前が真っ暗になりました。
kosodatejjさん(女性)
あまりの音にびっくり。
すごい機械音でした。
でも痛みはありません。
先生が挿入口をテープでふさいでくれます。
「じゃあちょっと待っててね。
」
先生は診察室の裏に入っていきました。
カーテンで仕切られているだけなので、中の声は丸聞こえです。
「なんだこれは??あぶらっぽい?」
メガネ先生の声です。
『え、なにー。
なんか変なの出たかな・・』
メガネ先生が戻ってきました。
「検査に出すからまた2週間後になります。
もし出産日とか入院中に重なっちゃったらご家族の方にお願いしてもらってもいいし、日にち変えてもらってもいいからね。
一応2週間後に予約をいれておきますね。
」
そういって予約をとってくれました。
kosodatejjさん(女性)
「あ、こんにちは。
昨日エコーしてもらったんだよね。
僕も線維線種なんじゃないかなとは思うんだけど、一応こちらでもエコーさせてもらいますね。
」
いそいそと準備をしてベッドに横たわりました。
真剣にモニターを見ているメガネ先生。
「う~ん。
一応細胞診しておこうかなと思うんだけどどうかな?」
「はい。
よろしくお願いします。
」
「よし。
(看護師さんに)じゃあ準備おねがい。
」
しばらくすると看護師さんが長い注射器を持ってきました。
「これで細胞を少しとらせてもらいますね。
」
『え~!めっちゃ痛そう~・・!』
もう帰りたい気持ちでいっぱいです(笑)
メガネ先生はエコーを見てしこりの位置を確認しています。
「うん。
よし!ここだな。
じゃあいきま~す」
『いきま~すって・・・(笑)』
メガネ先生の変なノリ(?)のおかげなのか・・
痛いかなと思ったんですが、全然痛みはありませんでした。
「これを検査に出します。
2週間ほどで結果が出ますので今日予約とっておきましょうか。
」
2週間後の朝9時に予約を入れてもらいこの日は帰宅しました。
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